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2026年9月 1ドル = 160 円

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ロータリー、その扉の先に―Faces of Rotarians

#1「憧れの人」

憧れの人は?
と言う質問ありますよね。
実在の人物ではないけれど、というか私の妄想なのだが。

高尾山の山小屋に住む、通称高尾さんです。本名は誰も知らない。
彼はインディーズのロックバンド「buncasinco」-まあ、文 化 振 興 ですね、のフロントマンで。
でも、バンドでは食べていけないので、副業でサラリーマンになったんです。
折角の機会だからと髪切って横分けにしてシャツのボタン1番上まで留めて。高円寺の舞台袖ではデイヴィッド・バーン※1みたいだと好評で。

勤めるM産業は伝統的な立派な会社。
ある日、白熱した会議の席で、高尾さんが割って静かに言ったんです。
「何だか正しい音を積み重ね続けて満足しちゃっているように感じます。それって必要でしょうか。
音って、静寂があって、美しいリフが静かにあって、そこにフィードバックが効いて、はじめてグランジ※2やサイケ※3に昇華するんです」
あの時のAIによる議事録は、最後にその言葉が記されていて未来への余韻を残した、今や伝説の「美しき議事録」と呼ばれてます。

そして、職場がどんなに忙しくても高尾さんは高尾山だし、スタジオでの音録りもあってさっさと帰る。
ZOOMで揃うまでギター弾いてて自由すぎる、とか。
そんなことが重なって、あの大ヒットデジタルデトックス事業を生みだしたり、働き方など人事制度がガラリと変わったり、今やCCO(最高文化責任者)であり、経産省の文化立国会議のメンバーだが、あくまで本業はbuncasincoの活動で、個人のYouTube「高尾山のたんぽぽ」はインドで2億回再生されたとか。
本人は、M産業の副業のおかげで生活できて、おいしい秋刀魚も食べられると喜んでいたり、何のきっかけか摩訶不思議だが、高尾山ロータリークラブに入って、もはや毎回移動例会でおいしい川魚を皆んなで食べ巡っていると言う噂。そこから流域治水や、好きで開発したモバイル川魚コンロがインドロータリーからの注文でガンジス川流域に配られている、とか。

戦争や災害は大事なイシューだし大きな課題や他者への奉仕も大事だが、彼は多くの他者に関与するよりも、先ずは自分自身の興味に真摯に関与している。
美しい調べと詩が同時に沸き立つ時のために、常にギターを抱えている。
いつも何かを見つめてる。
自分も見つめ、信じている。
だから、常にブレずにシンプルに判断できる。
正しいか、必然性はあるか、必要あるか、面白いか、新しいか、美しいか。
そうやって、ジャッジできる。方向を示せる。
その示した先に、小さな興味を発見できる。
世間には無駄に見えるもの、まだ顕在化されていないこと。
そこに、自分なりの価値を発見し、言葉をつけ、意味を形成する。
いつしかそれは、アートと呼ばれたり、ビジネスであったり、それに触れて少女が涙したり、ひょっとしたら平和への糸口だったり。

この様な人が、きっと真のリーダーと呼ばれるのだろう。
そうやって、小さな一人ひとりのリーダーが、身近にいた高尾さんたちが、世の中を穏やかに耕し、前進させる。

憧れは、憧れのままでは、もったいない。

 ※1 デイヴィッド・バーン 1970~80年代カルト的人気があったアメリカのロックバンド「トーキング・ヘッズ」のリーダー。

 ※2 グランジ 1990年代に登場したロック音楽のジャンル。重く、遅く、暗いグルーヴを身上とする。

※3 サイケ サイケデリックの略。元気そうなロータリアンのオジサマに訊いてください。

#2 「私のhutte」


私は週末北軽井沢に通っている。
1974年、谷川俊太郎さんが一遍の詩を建築家篠原一男に託してできた名建築を、縁あってコロナ前に譲り受けてから、毎週のように通っている。
(YouTube「新種の老人/北軽:孤独と不便のある暮らし」で少し覗けます)

そこから3kmほどのところに
2026年7月「私のhutte」を開業した。
60年代の古い家を1年半かけてリノベした貸別荘である。
車を降りると、広い野芝生の庭をぐるりと巡る邸宅的なるアプローチの、しかし小さな山荘である。
大正時代の軽井沢グリーンホテルの浅間山の噴火した当時のポストカードを入手し、ポスター大に引き伸ばして正面の壁に掲げた。
そのヴォーリズ建築から引いて、赤い屋根、焦茶の鎧壁、白い窓枠と手摺り。そこから60年代を思わせるソファー、白いオーディオを経てブルーグリーンの壁にはアポロ13号の120号の油絵。一転、ベネツィアの水上タクシーの木の内装を思い起こす小さなダイニング空間。
あー、このように説明し出すと紙面が足りない。

さて、この「私のhutte」。
私の好きな建築、内装、食器、60年代のレコード(特に石坂浩二の朗読曲がおススメ)、12点のアート、Soup Stock Tokyoのスープとライオネスコーヒーキャンディ、北側の林を望むサウナとレッドシダー香るお風呂、などなど「私」が随所に現れる。
言ってみれば、私の過去の経験と好きとおもてなしを丸のまま物理に定着させ、旅館業法というビジネスにそのまま乗せたような感覚だ。

そう思うと、世の中の不動産事情は過去を消し去る仕組みにあると気づく。
高級ホテルの部屋も、高級家具のカタログルームのように見えてくる。
要するに、人の息遣いを漂白し無きものにするのである。


「私のhutte」はその意味において、新しい在り様といえるのかもしれない。

日本中のロータリアンの皆さん。
その目で、その手で触れに来て欲しい。仲間との小旅行でもご家族とでも。今更奥さまとタンデムサイクルに跨って照れ笑いして頂きたい。
大盤振る舞いの一人旅で、かつてのネスカフェのCM※4を気取ってほしい、誰も見てないので。

Faces of Rotariansー
その扉の先で「私のhutte」が
あなたと対峙する

 ※4 同じく、シブいロータリアンのオジサマに訊いてください。BGMとともに教えてくれます。

東京代官山ロータリークラブ
初代会長 遠山正道
1962年東京生まれ
三菱商事初の社内ベンチャー「スマイルズ」「Soup Stock Tokyo」「The Chain Museum」各代表取締役
バンド「新種のimmigrationsB」では詩を書きポエトリーを行い大阪万博やフェスでも活動
日頃は代官山で愉快に週末は北軽井沢で孤独を目指す