ロータリーレート:

2026年7月 1ドル = 162 円

青少年奉仕委員会 青少年交換委員会

ロータリー青少年交換プログラム

異文化を理解し、国境を越えた友情と信頼を築く機会をもたらすことで、

世界の平和を少しずつ実現できると私たちは信じています

世界100カ国以上で実施されているロータリー青少年交換は、ロータリークラブによる支援の下、15~19歳の学生が海外に滞在し、言語や文化を学びながら、海外に友人をつくり、世界市民としての自覚を養うことのできるプログラムです。

ロータリー青少年交換でできること

青少年交換でいろいろな可能性が広がります。

・自分で考え、率先して行動する力を育てる
・外国語や異文化を学ぶ
・海外の若者と交流し、友だちをつくる
・グローバルな市民になる

参加する

ロータリー青少年交換でできること

青少年交換でいろいろな可能性が広がります。

・自分で考え、率先して行動する力を育てる
・外国語や異文化を学ぶ
・海外の若者と交流し、友だちをつくる
・グローバルな市民になる

交換の期間

海外で1年間を過ごす長期交換では、複数のホストファミリー宅に滞在しながら、現地の学校に通います。

国際ロータリー第2750地区青少年交換委員会では長期交換のみのプログラムを実施しています。

交換スケジュール

国際ロータリー第2750地区の青少年交換プログラムは、派遣候補生としての1年間の研修期間と、派遣生としての1年間の派遣期間の計2年間で構成されています。派遣候補生としての1年間の研修期間には、世界中から集まった来日生との交流やキャンプ・式典・ロータリー行事等への出席などが義務付けられています。派遣候補生は派遣前の1年間の研修期間で、派遣に必要な知識やスキル・言語・危機管理等について委員会や先輩のサポートを受けながら十分に学ぶことができます。帰国後は、ROTEXとしてプログラムの運営サポートのお手伝いをしていただきます。後輩の派遣生や世界中から集まった来日生のサポートしていただくことで、より深い学びの機会となります。

主な流れ

05月 派遣候補生募集説明会
07月 第一次選考試験 第二次選考試験
08月 サマーキャンプ
09月 研修
10月 オータムキャンプ
11月 研修
12月 研修・派遣国決定通知
01月 派遣国決定通知書授与式
02月 研修
03月 スプリングキャンプ
04月 研修
05月 研修
06月 派遣生激励会
07月・08月 派遣国へ順次出発

“A Fabulous Experience”

1962年に日本から初めてのロータリー青少年交換留学生としてオーストラリアに留学した関本洋子さんのお話です。
A Fabulous Experience" from Rotary International on Vimeo.

2026-27年度募集要項(2027-28年度派遣)

海外で現地のホストファミリーとともに生活し、語学力や異文化への理解を深めたい。
そんな願いを実現し、世界の広さを体感できるチャンス、それが「ロータリー青少年交換プログラム」です。
異文化交流を通じて、今まで知らなかった自分と可能性を発見しませんか?

派遣目的 

本プログラムは、単なる語学留学ではなく次世代を担う若者が海外での様々な体験を通して自らの国際理解を深め、ロータリーの「小さな親善大使」として世界平和に寄与していくことをその主眼としています。

派遣予定国

U.S.A.、ハンガリー、フィンランド、ブラジル、フランス、イタリア、ドイツ、タイ…(過去3年間実績)

派遣期間

2026年7,8月よりおよそ1年間

派遣生活

派遣先の受入ロータリークラブが定める複数の家庭にホームステイして地元の高校に通学する

参加費用

交換学生負担
航空運賃(往復1年オープン)、ビザ・パスポート取得費用、生命・傷害保険加入費用、予防接種費用、衣料費(制服代含む)、旅行出発前研修(キャンプ)費用

ロータリークラブ負担
留学中の生活費(食・住)、学費、毎月の小遣い

応募の手順

応募資格

・当地区内に在学または在住する中学3年から高校2年までの学生で、2026年08月31日時点で19歳に達しない者(ただし、中学生は中高一貫校に在籍し、その高等部に進学する者)
・学業成績が平均以上で、明朗快活であり、国際親善に理解と積極性・自主性がある者
・保護者の承諾があり、学校長及び当地区内ロータリークラブの推薦を受けることができる者
・派遣までの間に当委員会が行うオリエンテーションやキャンプにすべて参加し、クラブ活動などと重なった場合でも当プログラムを優先できる者(誓約書を提出して頂きます)
※8月8日のオリエンテーション、8月20~22日宿泊研修含む
・派遣期間をカバーする有効な日本国のパスポートを取得できる者
・派遣先より帰国後、社会人になる前の少なくとも3年間はROTEX/ローテックス(帰国学生)として当プログラムに参加・協力できる者
・派遣国は原則1カ国1名とし、青少年交換委員会が決定して通知します。(派遣される国について、本人の希望は考慮されません。それを承諾できる方のみご応募ください。)青少年交換委員会の要請に基づき1年間の交換派遣を履行できる者
注)合格後、派遣先への受入申請に際して、国際ロータリー所定の健康診断書(病歴及び診断等)並びに輸血や緊急手術等に対応するための保護者の事前承認文書の提出が必要となります。

応募の手順

[1] 願書をダウンロードする
[2] 願書を記入し、学校長の推薦及び主治医の健康証明(願書page2下段)を貰う
[3] ロータリーのスポンサークラブの推薦を受ける(スポンサークラブにて面接・資格審査を行う)
[4]スポンサークラブの推薦を受けた後、願書をガバナー事務所・青少年交換委員会宛に送付
〒105-0011 東京都港区芝公園2-6-15-3F
国際ロータリー第2750地区ガバナー事務所 青少年交換委員会 宛
FAX:03-5472-2750
※ 2026年06月26日(金)必着
(内容や送付についての問合せ等は、必ず、《応募要項》記載のメールアドレスまたは携帯電話宛にお願いします)

選考試験

一次試験 2026年7月12日(日)
一般教養・国際社会・ロータリーの知識・英語・学生面接
二次試験 2026年07月26日(日)
学生面談・保護者面接
※集合時間・教室等はメールにて配信予定の受験票を参照
※試験会場は、国立オリンピック記念青少年総合センター内

合格発表

試験翌日19時までに合格者にのみ電話で連絡します。(合格通知は後日郵送)

募集説明会

2026年5月10日(日) 14:00-16:30
会場:国立オリンピック記念青少年総合センター
センター棟513号室(渋谷区代々木神園町3-1)

各種資料

願書
願書のダウンロードはこちらから(PDF)
願書のダウンロードはこちらから(XLSX)
募集要項
募集要項のダウンロードはこちらから(PDF)

問い合わせ先

国際ロータリー第2750地区青少年交換委員会または最寄りのロータリークラブ事務局にお問い合わせください。

派遣体験談

小さな親善大使

「あなたも小さな親善大使になりませんか?」
新たな挑戦、発見や驚き、感動、そして大切な人々との出会い・・・
多くの刺激と、いつまでも心の中にしまっておきたい大切な思い出で溢れた一年。
誰のものでもない、あなただけの一年が待っています。
文化・宗教・言葉の壁を越えた、小さな友情の絆も、一つ一つがつながり、広がっていくことで、大きな輪となり、それはいつしか世界の平和へとつながっていく。
そんな想いが込められた、この青少年交換プログラムの青少年交換学生として、
皆さんの中にある可能性を最大限に生かしてみませんか。

ROTEXとは?

私たち2750地区ROTEX(ROTary EXchangee:ロータリー青少年交換学生)は、青少年交換プログラムに参加した帰国学生によって組織され、現在二十名前後の学生メンバーが、キャンプやオリエンテーションでの活動を通して、後輩の派遣学生や来日学生の支援を行っています。

ROTEXの体験談

以下は、高校時代に一年間、日本の家族や友人たちと離れ、一味違った経験をした私たちROTEX(ローテックス)の体験談です。

花原 楽人

Gakuto Hanabaru
2018-19年度 イタリア共和国派遣
スポンサークラブ:東京羽田ロータリークラブ
学校(派遣時):学習院高等科
進路:慶應義塾大学法学部法律学科

「カンパニリズモと人間実存」

 私がロータリー青少年交換にて経験した「小さな親善大使としての一年間」という時間は、所謂その一年間を異国の地で過ごすといった時間ではない。その時間というのは、自分と世界とかについて考えることを通じ、あらゆる物事に対してどのような態度を取って行くのか検討し始める、ある種自我が芽生えていくような時間であった。
 私の派遣先は、イタリアの北西部に位置するピエモンテ州のサルッツォという小さな街だった。中世にはサルッツォ公国が存在し、その後はサヴォイア公国やフランスなどの支配を受け、最終的にピエモンテ州全体はイタリア統一運動の発端であるサルデーニャ王国となり現在に至る。この歴史的背景により、赤いレンガや石畳といった中世の街並みが多く残っており、地理的にはワインの為に果物栽培が盛んであり、街の象徴である山のモンヴィーゾを越えるとフランスに直ぐに着く。そういった街である。私はその街で、イタリア人家族と生活し、高校に通い、派遣前からの念願であったサッカークラブにも所属した。それらの経験を通じて、イタリア人という語り尽くされたステレオタイプの「答え合わせ」もできた。
 そういった「答え合わせ」の中で、私が最も考えさせられたのはイタリアの中心的概念であるカンパニリズモについてである。カンパニリズモは鐘楼という意味のCampanile(カンパニーレ)に由来し、地元愛や愛郷心といった意味をもつ。カンパニリズモ・愛郷心はただ地元を愛するだけでなく、そこで生まれてそこで死んでいくことを意味する。いわば人間の「地産地消」である。実際、派遣中に話を聞いたところ、イタリア人の多くは大学進学や一定期間の仕事にて地元を離れることはあるものの、基本的には生まれた地域で一生を過ごすとのことだった。一方、日本の場合は都市部に人口が集中する傾向がある。地方と都市という二項を考えるなら、人間の「地産地消」ではなく、人間の「輸出入」が発生しているといえる。一口で言ってしまえば、地元贔屓なのだが、私はサルッツォでの生活を通じカンパニリズモという概念がイタリア及びイタリア人の根幹を形成していることを強く感じたのである。
 ある日サッカークラブでの練習後ロッカールームで、手足の長いキーパーのアレッサンドロが「何故、イタリアに来たんだい?」と尋ねてきた。私はイタリアの文化や歴史、サッカーに興味があったからだと言った。すると彼は「お前は、東京でこれから生きていくのだろう?何故、イタリアについて知る必要がある?」と返した。その通りだったかもしれない。彼は実家がパン屋で中学を卒業してからはそのパン屋で働き、サッカーの練習には働いた後に来ていたのだった。私たちはしばしば、素朴な問いにはっとさせられることがある。私は、モノなら何もかも揃った東京で生活し、普通にしていれば大学まで親の脛を齧って暮らし就職していく自分を問い直さざるを得なかった。「小さな親善大使」として私という人間を通して日本という国を理解されることへの苦悶を抱え肩肘張っていた私は、彼らにとってはちっぽけな何故だか東京からイタリアに来たヤツなのだった。
 今にしてみれば大したことではないかもしれないが、私はイタリアでのそういった生活で自問自答を繰り返した。17歳の私がいたイタリアはもう過去のことである。しかし、その私が今の私であり、暖かい太陽、少し苦手なバーニャ・カウダ、毎朝大声で起こしてくるマンマはいつまでも私の心にあるのである。その様な意味で「小さな親善大使としての一年間」は一生続いていくだろう。

縄井 琳

Lin Nawai
2018-19年度 フランス共和国派遣
スポンサークラブ:東京町田ロータリークラブ
学校(派遣時):和光高等学校
進路:国際基督教⼤学教養学部アーツサイエンス学科

「⽀えてくれた⼈々との出会い」

 私はフランスの北東部、⾃然豊かで独⾃の⽂化を持つアルザス地⽅に派遣していただきました。ヨーロッパに⾏くこと⾃体が初めてで、フランスといえばおしゃれな国といったステレオタイプなイメージと、⾃⼰紹介しかできない語学⼒のまま派遣⽣活をスタートした私でしたが、多くを学んだ⼀年となりました。その中でも特にこの経験を通して感じたことは、何事も受け⾝になるのではなく⾃分から動くということの重要性と、⾃分が動けば周りには全⼒でサポートしてくれる⼈がいるということです。
 私の学校⽣活は、私が外国⼈だということを校⻑先⽣以外誰も知らず、英語を話すことのできる⼈もほとんどいない状況の中始まりました。フランスは移⺠⼤国なのでアジア系の⼈がいるのは普通なことで、誰かが私に興味を持って話しかけてくれたり、⼼配してくれたりすることはありませんでした。そんな環境だったので、⼤事な提出物の情報を理解していなかったり、教室の場所がわからなくて授業時間になっても校内を彷徨ったりする⽇々が続き、このまま⼀年過ごすことは無理だと思いました。そこでまずは、学校の⼈たちに⾃分がどこから来た誰であるのか知ってもらうことを試みました。同じ授業を受けている⼈を⾒つける度に、英語でいう「Hello, how are you ?」にあたる「Salut! Ca va?」という挨拶をして、仲良くなりたいという気持ちを必死に伝えました。学校の⼈たちは私が⽇本⼈でフランス語が全くできないことを知ると、拙い英語で話しかけてくれたり、先⽣からの連絡をメモに書き起こして私のホストファミリーに伝わるようにしてくれたり、休み時間にフランス語の勉強に付き合ってくれたり、たくさん助けてくれるようになりました。
 学校⽣活だけでなく、私が⽇本⽂化紹介として市⺠向けにお茶会を開催したときや、ホストファミリーとの⽇常⽣活の中でも、私が取り組む姿勢を⾒せれば周りの⼈たちはたくさん助けてくれました。これらの経験を通して私は、⾃分ができないことや⾃信のないことでも、⼀⽣懸命取り組む姿勢を⾒せればサポートしてくれる⼈は必ずおり、やり遂げることができるということを学びました。このことは、⼤学⽣になった今でも様々な新しいことにチャレンジしようとする時に⾃信となって私の背中を押してくれています。あなたのことをサポートしてくれる⼈はどこの国に⾏ってもいます。少しでも興味がある⽅はぜひ⻘少年交換プログラムにチャレンジしていただきたいです。

⻑南 稀⾐

Lin Nawai
2018-19年度 フランス共和国派遣
スポンサークラブ:東京町田ロータリークラブ
学校(派遣時):和光高等学校
進路:国際基督教⼤学教養学部アーツサイエンス学科

「イタリアでの発⾒」

 陽気な⼈柄、美味しい⾷事、そしてキリスト教。この三点から成り⽴っている国こそがイタリアであると、以前までの私は思っていました。しかし、帰国後に感じたことは、北イタリア⼈は陽気かつ誠実であること、イタリア料理の中でもMamma(お⺟さん)の作るティラミスは格別であること、そして敬虔なキリスト教徒はほんの⼀握りしかいないということでした。

 「イタリア⼈といえばとにかく陽気である。」このようなイメージを持って北イタリアに位置するヴェネチアから電⾞で約30分の⼩さな街、ヴィチェンツァに渡航した私は、仲良くなった現地校のクラスメイトである友⼈の毎⽇の過ごし⽅を聞き、北イタリア⼈の陽気さだけではない、真⾯⽬さを早速発⾒することとなりました。イタリアの学校は基本的に午前中で終わり、昼⾷は家族と家で⾷べることが⼀般的で、⽇本のようなクラブ活動という概念はありません。その代わり、多くの⽣徒は昼⾷後に⾃宅で学校の課題や予習、復習といった勉強に⼒を⼊れているようで、彼⼥もその⼀⼈でした。全てのイタリア⼈学⽣がこのように勤勉なのかと思いきや、南イタリアのシチリア島では⽣徒だけでなく、先⽣でさえも⾬が降ると学校を休む傾向があると聞いた為、これは北イタリア⼈に多く⾒られる性格なのだと思いました。

 ⾷事に関してはやはりパスタが主⾷で、種類も多く、イタリア⼈でさえも全ての種類を把握出来ていないほどでした。しかし、毎⽇の昼⾷ではほとんどの家庭が同じようなショートパスタばかりを⾷べていました。他にはピッツァ、リゾットなど⽇本でも定番であるイタリア料理が多く⾷べられており、どの料理も⾆⿎を打つものばかりだったことを思い出します。その中でも特にお気に⼊りだったMammaのお⼿製ティラミスは本当に⼤好きだったので、⾷卓にティラミスが並んだ⽇には家族みんなが真っ先に私に教えてくれるほどでした。

 ⼀年の派遣⽣活の中で⼀番驚いたことは、イタリア・ヴァチカンが総本⼭であるキリスト教についてです。幼い頃からカトリックの学校に通っていた私は、多くのイタリア⼈は敬虔なカトリック教徒であると信じていましたが、いざ現地に⾏ってみると、ほとんどの信者が教会に通わず、さらには私のクラスメイトの1/3は無宗教であることが分かりました。イタリア⼈は皆キリスト教の信者であると⻑年信じてきた私にとって、この事実はまさに驚愕に値するものでした。

 この他にもイタリアで出会った世界中の派遣⽣との交流により、多くの驚きと発⾒が得られました。現地で体験したことは私⾃⾝の成⻑を促すだけでなく、⾃分の可能性と視野をも⼤きく広げたことに繋がっています。⼤学時ではない、⾼校時の異⽂化体験がきっかけとなり、海外への進学を志したことは⾔うまでもありません。

 このプログラムで素晴らしい経験をさせて頂いたことに感謝すると共に、より多くの⽅にこのプログラムに興味を持って頂けると嬉しいです。

市川 優佳

Yuka Ichikawa
2016-17年度 アメリカ合衆国派遣
スポンサークラブ:東京山の手ロータリークラブ
学校(派遣時):和洋九段女子高等学校
進路:早稲田大学文化構想学部国際日本文化プログラム

「私との出会いで、日本に興味を持ってもらう!」

 一年間の派遣生活は私にどんな困難な状況でも「なんとかなる!必ず自力でなんとかする!」という力を身に着けてくれました。小さな親善大使として派遣された私には様々な困難を乗り越えて最終的には私と出会った人たちが、私との出会いから日本人を好きになり日本国への興味を深めるようになるという目標がありました。
 派遣一年前から沢山の研修を受け、8月末いよいよ出国の時がきます。飛行機に乗りボストンへ、早速9月から現地高校での学校生活が始まります。アメリカの高校では日本のように所属する「クラス」というものがなく、それぞれが履修したクラスを行きかう仕組みになっているので当初友達作りには大変苦労しました。友達の名前を覚えることさえ簡単ではなかったので毎日左手に名前を、右手には「I want to get to know you more !」と書き記し自己流のコミュニケーション作戦を展開しました。現地の学生達が初めは私に少しも関心を寄せてくれなかったので苦労の末に始めました。
 小さな親善大使の役割を果たす為に実行したエピソードを二つ紹介します。
 一つ目はジャパニーズイベントの実行です。これは自ら企画して学校長に許可をもらい、校内のカフェテリアで日本文化ブースを実演するものでした。200人ほどの前で浴衣をはおりマイクを握って日本の生活様式を沢山話しました、なかでも日本のトイレ「ウォシュレット」については、まるでトイレがようこそと出迎えてくれるようだと話し多くの笑いをもらいました。日本人らしいおもてなしの心が生んだ製品ですと。またこのイベントでは巻き寿司を作って皆さんに食べてもらいました。
 二つ目は自らホストファミリーを見つけたことです。私は演劇部、コーラス部、陸上部と沢山の課外活動に参加しましたが、その中で陸上部に後に親友となるレイチェルとの出会いがありました。国籍と育った環境の違いがあっても、通じ合える素晴らしい人格は世界共通です。私は帰国までの一年で彼女と「親友になる」と心に密かに決めていました。その思いがかないレイチェルと家族が帰国前の最終ホストファミリーをやりたいと申し出てくれた時は感動でした。
 これらのエピソードの陰には沢山の苦労と涙がありましたが、このプログラムからの学びは「なんとかなる!なんとかする!」という強い意志力を持つことでした。帰国後のローテックス活動では先輩としてこれから次の経験に旅立つ後輩達へのサポートや、来日した海外の学生達の相談に乗ったりしています。このプログラムは派遣前研修、海外派遣、帰国後活動と長いものになっているのが素晴らしい点です。これらの活動が今の私を作ってくれたかけがいのないものになっています。

青柳 宏紀

Koki Aoyanagi
2015-16年度 フランス共和国派遣
スポンサークラブ:東京目黒ロータリークラブ
学校(派遣時):成蹊高等学校
進路:成蹊大学経済学部経済経営学科

「究極のマイノリティー体験と戦う1年間」

 皆さんこんにちは。2015-16年度フランス共和国に派遣して頂きました青柳宏紀と申します。今回は青少年交換プログラムで私が学んだことについてご紹介したいと思い文章を書かせて頂きました。突然ですが本プログラムに応募を検討されている高校生の皆さん派遣生活でどんなことを学びたいと考えていますか?英語やフランス語などの言語を習得したい、異文化に触れてみたい、海外で生活してみたいなど様々な理由があると思います。ちなみに私がこのプログラムに応募した理由は「なんとなく(笑)」です。皆さんのように自らホームページに飛んで体験談を読むほど当時の私は意識が高くありませんでした。
 しかし、そんな私が派遣から5年経った今でもこのプログラムを通して学んだことは何かと聞かれたら1つ明確に答えることができます。それはタイトルにもあるように「究極のマイノリティー体験」ができたことです。私が派遣して頂いた場所はドが付くほどの田舎街で、通っていた高校には日本人どころか外国人も自分以外いませんでした。フランス語も全く話せず、周りが全員フランス人という環境はその集団において「究極のマイノリティー」だと思います。しかしそのような状況に置かれて初めて感じることが沢山あります。16年間海外に行ったことがなく日本で生きてきて当たり前だったことが一瞬にして覆されることや、日本では感じることがなかった他者との違いに葛藤することなど、当時は悩みもがきながら派遣生活を送っていました。マイノリティーになることは決して楽なことではありません。差別のようなものを受けることもあるかもしれません。ですが、他者との違いを初めて身を持って実感することで自分のアイデンティティについて見つめ直す機会を得ることができます。自分が日本人であるということはどういうことか。自分は将来どういう分野で活躍したいのかなど自問自答を繰り返すことによって、高校生という早い時期から考えることでその後の進路に大きな影響をもたらしてくれると感じています。私自身もこのプログラムを通して自分の人生の可能性を広げることができたと感じています。
 このロータリー青少年交換プログラムから帰国後、大学の交換留学プログラムを利用し再びフランス共和国に留学し、現在は国際支援や国際協力の分野の知識をさらに学びたいと考えフランスの大学院を目指しています。このように自分の可能性を広げてくれたロータリーの青少年交換プログラムに参加できたことは自分の人生の中での大きな財産です。ぜひ応募を検討されている皆さんも「究極のマイノリティー体験」をしてみませんか?

谷野 理星

Rise Tanino
2015-16年度 ドイツ連邦共和国派遣
スポンサークラブ:東京iシティロータリークラブ
学校(派遣時):多摩大学附属聖ヶ丘高等学
進路:国際基督教大学教養学部文化人類学専攻

「辛くて爽快。価値観理解の奥深さ」

 涙あり、笑いあり、必死に毎日を生き抜いたドイツでの派遣生活は、今の自分の礎を築いてくれた大変貴重なものです。特に、日本人と意見の伝え方が180度違うドイツ人と過ごしたからこそ「異なる価値観理解」の大変さと、奥深さを学びました。
 派遣開始当初、ほとんどドイツ語を話すことができなかった私は、大好きだったダンスを通じてドイツ人と仲を深めたいと思っていました。早速ホストマザーにダンス教室の体験に連れて行ってもらいましたが、レッスンのスタイルが気に入らなかったので、そこで続けようとは思いませんでした。先生に感想を聞かれたとき、「楽しかった、ありがとう」と答えると、「じゃあこれからも来るね」と言われしまい、「まだ分からない」とあやふやに答えて帰ってきました。この対応についてホストマザーは、なんて失礼なことだ、と怒りました。もし気に入らなかったら、「好きじゃなかった。他を紹介してほしい」と正直に伝えなければだめだと。私は、「失礼の無いように」と思ってした行為でしたが、こちらではこの気遣いが失礼にあたることだったと知って、とても混乱しました。他にも、相手を想ってした行為が、逆に相手を傷つけてしまったり、人からの態度に必要以上に感情的になってしまったことが、何度もありました。自分の努力が裏切られた気がして、その度に落ち込み、悩みました。
 しかし、しばらくドイツ人と生活するうちに、彼らの正直な言動の裏にはいつも、「思いやり」がある、ということに気がつきました。相手のことを考えているから、どんなことでも真っ直ぐに伝える。意見が衝突しても丁寧に議論を交わすから、信頼関係を構築できるのだ。と納得しました。この「正直に自分の意見を伝える態度」も、日本の「相手の意思を尊重して自分を抑える態度」も、表現方法が異なるだけで、「相手を思いやる」という本質は、どちらも同じでした。これが腑に落ちてからは、ドイツ人になりきることができました。相手の真っ直ぐな言葉を素直に受け止め、自分の意見を伝える心地よさを、知っていきました。ダンス教室も妥協せずに探し、自分にぴったりのチアリーダーのチームに入りました。そこでも、メンバー同士の衝突は何度もありましたが、お互いを尊重し合ってるからこそ生まれるものだ、と感じ取れました。自分の「ことば」であるダンスで繋がり、真っ向から向き合える仲間と活動できて、毎日が満たされていました。7月末には、メンバーと何ヶ月もかけて練習したダンスを、広いラグビー場で披露し、華やかに派遣生活の終わりを迎えることができました。
 日本での高校生活が日常の中心だった私は、ドイツで「価値観の違い」という壁に当たって、たくさん苦しみました。苦しんだからこそ、受け入れられた時の喜びや爽快感を味わいました。そしてこの、自分とは異なる価値観を、「相手と同じ生活をすることで」徐々にわかっていく感覚が、とても面白いと思うようになりました。現在大学で「文化人類学」を専攻し、学問として文化の違いを探求するようになったのも、ドイツでの一年間がきっかけです。学問的興味はもちろん、言動を表面だけ見て判断せずに、その裏にある意図や背景を想像しながら、人と、世界と接したい。そう思わせてくれた青少年交換プログラムには、心から感謝しています。

A.O.

2012-13年度 トルコ共和国派遣
スポンサークラブ:東京目黒ロータリークラブ

日本人との違い、自分との違いを受け入れることの難しさ。

高校生で親元を離れ、言葉のわからない地に飛び込むというのは、海外に漠然と憧れを抱いていた私の予想を遥かに超える、本当に濃い毎日であった。そのなかで私が常に意識していたことは、考えつづけることだ。一見簡単そうに思えるが、これを意識していないと何も考えずにあっという間に時が過ぎてしまう。

そんななかで一番私を変えた経験は、日本人との違い、自分との違いを受け入れることの難しさに気付き、乗り越えられたことであった。日本とは大きく異なる集合体で生き、様々なことを吸収していくなかで、周りが自然に私を受け入れてくれることなどなかったし、私自身も相手をただ受け入れることは出来なかった。トルコ人はとにかく自国愛が強く、そして誰もが自分を一番に考えている人々である。来土生の友人も一人一人、国々で本当に皆が異なる。私にとって一番大きな壁となったのは、そんな人の違い、日本人との違いだった。とにかく彼等を受け入れることができず、なぜ私は彼等を否定しまうのかと何度も自らに問い続けた。考え続けた結果、私は今まで自分が正しいと思いながら生きていたのだと、だから他を受け入れることが出来ず、自分以外の考えを否定しているのだということに気付いた。しかし自分の意見を隠し、彼等の意見にただ賛成して彼等に好かれるように生きることもできなかったので、私は私の意見を主張した。それと同時に、相手に指摘され自分が間違っていると思った点を自分で認め、それを受け入れる努力をした。たしかに、相手とぶつかりあうことは多かったが、そうすることで私は相手の意見を尊重し、受け入れられるようになった。言葉の壁、文化の壁、価値観の壁があり、日本よりはるかに自分の意見を主張することが難しい環境下に置かれたなかでも自己の意見を主張すること、そして、主張しつつも他人や他国の考え方を受け入れることがいかに大切であるかに気付いた。

ロータリーでの事前研修は、ただ1年間を海外で送るだけでなく、必ず成長して帰ってきたいという強い決意を芽生えさせて下さり、ロータリアンの方々には日本でも現地でも常に支え、様々なサポートをして頂いた。国際ロータリーの青少年プログラムだからこそ、こんなにも素晴らしい貴重な経験をさせて頂くことが出来た。

A.H.

2011-12年度 ドイツ連邦共和国派遣
スポンサークラブ:東京多摩グリーンロータリークラブ

生きるうえで不可欠な「頼る力」

一年という期間を一つの出来事とするにはあまりに長すぎるかもしれませんが、青春時代の留学経験は、私に大きな影響を与えました。ドイツ語が話せるようになったことや、ヨーロッパの様々な文化に触れられたことなど、得たものは沢山ありますが、日本に帰ってきたとき、主に三つの点で、私は留学前とは違う「私」になっていました。

ドイツに行くことがきまったのは、出発の八ヶ月前でした。話すことも聞くこともままならないホームステイ生活は簡単なことではなく、毎日苦労の連続でした。私は、小さな親善大使という名の「非力な外国人」になったのです。元々はどちらかというと人から頼られるほうで、人の世話を焼くタイプなので、頼ったり相談したりというのは、不慣れで不得意なことでした。しかし、人の手を借りないことには何もかもどうにもならない。これを経てやっと、生きるうえで不可欠な「頼る力」を身につけたのです。

留学生は一年間で、世界中に友達をつくります。今の私は、国の名前を聞くと、そこにいる友達を思い浮かべます。誰も友達のいる国にミサイルを落とそうとは思いません。彼らの個を知り、人間らしく関わったあとでは、「これだからアメリカ人は」とか、「中国人はキライだ」とか、そんなことは言えません。笑って幸せでいて欲しい人が世界中にいて、いやでも世界平和を願う。これが二つ目の影響です。

三つ目はとてもシンプルです。ドイツの長い放課後が、私自身に私の夢を気づかせ、好きなことに素直に生きるドイツ人が、夢を追う勇気をくれました。あの一年のおかげで、私はいま、夢を追いかけることが出来ています。

青春時代のこの経験は、私の人生を変えた出来事でした。

H.M.

2013-14年度 タイ王国派遣
スポンサークラブ:東京立川ロータリークラブ

「異文化理解」

「異文化理解」 このたった5文字の言葉がいかに難しく、そしていかに単純か、私はタイでの留学で思い知らされました。

私はタイの首都バンコクに派遣していただきました。タイは日本人も多く、日本と同じアジアという事で共通点や似たところも多かったのですが、やはり違うところもとても多かった。特に考え方の違いは私にとって衝撃的なことばかりでした。 例をあげるとすれば、まずタイ人は本当に小さいことを気にしません。予定があってもそれ通りにはまず進まず、待ち合わせでの30分以内の遅刻はたいした問題ではありません。これには日本から来た私ははじめとても戸惑いました。ですが逆にその分、タイ人はめったなことでは怒らず、私が少しミスをしてしまっても「マイペンライ!(大丈夫)」と笑って言ってくれます。
こんな優しくのんびりとしたタイ人ですが、日本から一人で来た私にとっては上に挙げたような小さな違いにストレスを感じてしまう事がありました。異文化というのは、私の今までの価値観を全くもって崩されてしまうようなこともありますし、それは今まで自分が正しいと思っていたことが間違っていると言われるようなもので、その時の私にはそんなに簡単に受け入れることができるようなものではありませんでした。

ですが、こんな私の葛藤はある一人のタイ人の友達に出会ったことで消えました。
その友達は私のそれまでのタイ人の友達には珍しく、静かで、シャイで、几帳面な女の子でした。私はそれまでタイ人に対して、楽しいことが大好きで、良くも悪くも大雑把、というイメージを持っていました。しかし、当たり前のことではありますが、日本人にも真面目だったり大雑把だったり、いろんな人がいるように、タイ人にも色々な人がいます。そのことに、私はこの友達に会ったことで改めて思い知らされました。 このときから、私は人と接するときにその人がタイ人だとか日本人だとかいう事を意識せず、その人ひとりに向き合うようになりました。タイ人と一口にいっても様々な人がいるとわかったからです。

異文化に触れるというのは今までの自分の価値観を崩されるという経験であり、それを理解するのははじめとても難しいことです。ですが、人を国籍関係なく一人の人間として見られるようになったとき、その人を理解することができるのだとこの留学は私に気付かせてくれました。

ホストファミリー

ロータリー青少年交換プログラムは、ホストファミリーによって支えられています。青少年交換学生のホストファミリーになって、国際理解と平和の推進に貢献しながら、かけがえのない思い出を作りませんか?

 

ホストファミリーの体験談

以下は、青少年交換来日生のホストファミリーをしてくださったご家庭の体験談です。

大竹ファミリー

お住まい:東京都中央区
ホストクラブ:東京芝ロータリークラブ

 2018年の12月から3カ月間ドイツ人の女の子、2019年の12月から3カ月間アメリカ人の女の子のホストファミリーをさせていただきました大竹由起子と申します。
 ホストファミリーには興味があるけれど実際、留学生を家に招き入れるのはどうなのかなと思っていらっしゃる方々に、ぜひとも読んでいただきたいと思い筆をとらせていただきました。
 私は中央区のさほど広くもないマンションの一角に主人と高校生の長女、長男、中学生の次女、犬2匹と暮らしています。たまたま長女と長男がそれぞれ全寮制の高校に進学したため、子供部屋に空きがでました。とはいえ、6畳ほどの狭い部屋。主人はせっかく海外から来ているのに、気の毒ではないか。と申しておりましたが、私は、むしろ、これが東京の生活!それが嫌なら、そもそも日本になんて来ないでしょう。と思っておりましたので、なんの躊躇もありませんでした。
 日本人は、おもてなしの文化があるため、留学生といえども、お相手をしようとする傾向があるかもしれませんが、彼らはお客様ではないので、むしろ、普通の日本の生活を経験させてあげる方がいいと私は考えます。
 我が家はこんな感じだけど、わからなかったら聞いてね。と伝え、あとは、普段通りの生活です。言葉に関しても、日本語を学びに来ているのだから、こちらがあえて外国語を話す必要はなく、万が一の時は携帯という便利なものがあるので、心配はいらないのです。
 そんなわけで、会話も普段通り。強いて言えば、留学生が日本語を話せるように、母国の話や、学校での話を聞いてみたりする程度でした。お休みの日は、自分で予定を入れたりしているので、お互いの空いている日をみつけて、遊びに行ったりしました。
 子供たちは、お互いの宿題のサポートをしあったり、話したりしていたようで、次女は、私もホームステイの形で留学をしたいと言い出しています。彼らの考え方や日本での生活ぶりをみることで、受けた刺激は想像以上だったようです。帰国後もSNSを通じて、もちろん、交流が続いています。生涯忘れることのない楽しく、貴重な経験でした。

よくある質問

よくある質問をまとめましたのでご覧ください。

航空運賃(往復1年オープン)、ビザ・パスポート取得費用、生命・傷害保険加入費用、予防接種費用、衣料費(制服代含む)、旅行出発前研修(キャンプ)費用が掛かります。2年間で、概ね、60万円〜80万円程度とお考えください。

受験可能ですが、中高一貫校である方に限ります。

国際ロータリー第2750地区内に在住、もしくは、通学している方に応募資格があります。従って、応募資格がございます。国際ロータリー第2750地区の対象地域についてはこちらをご覧ください。

合格後は、何度かロータリークラブに足を運んでいただくことになりますので、ご自宅や通学先から近いロータリークラブに推薦依頼の申し込みをしてください。地区内ロータリークラブはこちらをご参照ください。

受験は可能です。このプログラムは「小さな親善大使」として世界中に家族と友人をつくるのが目的ですので、語学力は問いませんが基本的な語学力の試験を行います。

「国際ロータリー」は世界初の奉仕クラブ団体であり、200以上の国と地域に33,000近くのクラブを擁し、会員数は120万人以上です。英語圏以外にも沢山のロータリーがあります、これを利用し世界中に派遣される仕組みです。英語圏以外の派遣国の方が多いとお考えください。

ロータリー青少年交換プログラムは、国際理解と平和の推進を目的とした交換派遣プログラムであり、語学留学プログラムではありません。しかし、英語圏以外の国に派遣される場合も英語の語学学習は必要になるとお考えください。

基本は派遣国のロータリアン等の家にホームステイして、現地の高校に通います。「小さな親善大使」として「日本」を友人やロータリアンに知って頂く交流をして頂きます。そして派遣国の文化や風土を吸収し、友好の架け橋となって貰います。滞在費や学費に掛かる経費はホストクラブが負担をしてくれます。又、少額ですが毎月お小遣いをくれます。この様に派遣期間中はホストクラブが責任を持ってお世話してくれます。

派遣期間は概ね一年間です。そして延長はできません。

基本的には帰国することはできません、派遣先でトラブルを起こした場合は強制帰国となり、その場合はこのプログラムから離脱することになります。

有利になることはありません、一般高校生と同様に大学受験をしております。

体調不良や学校の公式行事等の理由を除き、基本的に欠席することはできません。部活等と重なった場合は研修や式典を優先していただきます。

いいえ、派遣先は青少年交換委員会が決定します。そして自分が行きたくない国だからといって辞退することはできません。

国際ロータリーが安全性を確認し、参加認定を受けた地区(地域)のみがロータリー青少年交換プログラムを実施することができます。全学生のために安全な環境をつくることは、ロータリークラブと地区の責任です。

この青少年交換は留学ではありませんので単位の取得はできません。が、現地の高校と交渉の上通学証明は発行して貰えることがあります。帰国後日本の高校で留年か進級となるかは学校とご自身でよく相談して下さい。

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